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昭和は、素敵に着こなしたいよね

昭和

昭和にひとこと言いたい

朝から、夢彩都にてを購入して、水辺の森公園でスタート位置などをみて稲佐山を眺めて
コースをみて

などをいただき、帰宅途中で、お腹が空いたので、昭和町の伊勢勝本店に行く。で、海の幸定食を頼んで机の上には、メニューと一緒に、本店の閉店のお知らせ。真ん中から下の女将さんの言葉に、私もこのビルの前にあった、狭かった時のお店を思い出した。あれから32年。このお店は44年。若かり女将さんも、背中が曲がって、、、でも、頑張ってお茶を出してくれた。
色々な想いとともに、海の幸をいただいた。ドレッシングがいい。
最後にこのことば^_^

これを糧に明日は頑張ってハーフを走ります。
追記西友店は残るそうですので、お腹いっぱい揚げ物が食べたい時はまたまた行こうと思います。
それと、今さら泣き言、、、足の裏が痛いとか気にしている時ではありませんね^_^

昭和はWeb2.0を超える!?

いつもご来訪頂き、いいね、コメント、ありがとうこいますm(_ _)m心から感謝しています

今回の寄稿はあまり前向きな内容なく不快な事ばかりになりそうでが備忘録として残しておくことにします乱文ご容赦…

2017年11月10日(金)
念願の沖縄旅行出発!

そもそもこの旅行は2カ月以上前肝臓、腹膜への転移が発覚した直後
少し気が早いかと思いましたが
病状が悪化して体が動かなくなること懸念して
せめて大好きなダイビングだけは元気なうちにもう一度だけやっておきたいたと思い出作りのために計画しました
元々年数回ダイビングに行ってましたが可愛い怪獣達が生まれてからはどうしても物理的に難しかったので…
三年前から家族で楽しめるキャンプを本格的に始めましたこれはこれで随分ハマってしまいました♪
ただ元々は海が大好き過ぎてどうしてもダイビングで海に癒やされたかったから
両親に協力を得て更にオーストラリアから帰ってきている妹達も含めて旅行を計画するこができました

旅行数日前から体調を壊しました猛烈な下痢と熱、背中の痛みなどで寝てることも多かったのでリハビリしていた下半身の動きにもやや違和感を感じてましたこの時点で一度旅行を諦める覚悟もしましたが…
それでもなんとか体調を回復させて妻の説得もあり出発することが出来ました

無事に石垣島経由小浜島到着♪今回はメンバーや私のことも考慮して「はいむるぶし」という素敵なリゾートを選択しました※普段はゲストハウスも利用しますよ♪

しかし実はスッキリしない天気(T^T)天気予報も徐々に悪くなる一方…
初日はビーチが見えるカフェで波の音をBGMを聞きながらゆっくり夕飯を頂けました♪
これがこの旅行で一番くつろげたひとときだったかな…

この時すでに違和感のあった下半身は悪化していて1人で杖の歩行がままたならい状態

部屋に帰り数時間休んで24時前には自力で足を動かすことが困難になりました…

下半身が肉塊となっていく恐怖を再び味わうことになりました
更には排泄障害として尿、便共に自力での排泄が困難になりました

この旅行を目標にここまでリハビリを頑張って来たのに
今まで積み上げてきた物が
全て崩壊するかのように

病気になって今まで妻の前では一度も見せたことはなかったけど
もう涙が止まりませんでした
★   ★   ★
次の日電話にて状況を先生に説明するとまずは沖縄で行ける病院に行くよう指示を受けました
小浜島には診療所しかなかったため石垣島まで戻り八重山病院にお世話になりました
※とても昭和過ぎる病院でしたがここのレストランは食べログランキングで上位なんだそうです☆
こちらでは最悪手術も想定してCTを撮影して頂きましたが詳細はわからずますば炎症を抑えるステロイド投与排泄障害回避のためあの恐ろしい苦行「尿カテ」の挿入
これら処置をして頂き主治医とも連携を取って頂き先生方と妻の意向を含めて痛みは薬でコントロール出来ていることからこのまま旅行を継続して家族との時間を過ごす流れに落ち着きました
二日目は小浜島から石垣島の往復離島ツアーで一日が終わりました…
尚ダイビングについては到着してからショップに確認を取りましたがそもそも麻薬系痛み止めを使っているのでNG(わかっていたけどダマで行くか?とか)
また脊椎を手術した人で今まで3m位潜ると水圧で痛みが出て潜れなかったケースがよくあるとのとで潜るには医師の診断書が必要との事先生には了承を得ていましたが恐らく痛みが出て無理だったのかもしれません
楽しみにしていたダイビングは残念ながら断念することになりました

それでもシュノーケルで水中撮影位は楽しめるかなと淡い気持もありましたが尿カテ挿入の時点でこれまた断念
そして降り続く雨小浜島滞在中は晴れは期待が出来ない他のアクティビティーや景色に癒やされることすら許されませんでした

また下半身が不自由だと本当に細々した介護が必要になるわけで
何をするにも手伝って貰うことが必要で家族みんなが気を遣ってくれる本当に感謝の気持しかありません
しかしこの気遣いや毎回の細々した介護作業が
申し訳なくて情けなくて哀れで
自分自信が耐えられなくなりました

既に旅行の目的がほぼ断念に終わってしまい
自分の存在が荷物なだけ…

唯一の救いは息子達と甥っ子は仲良く遊んでくれて室内施設などでも充分に楽しんでくれていること
絶望感で心が壊れかけて行くのがわかる中
子供達の笑顔には救われました

★   ★   ★
周りからは家族の時間を大切にするためにも旅行を継続する方向としましたが
介護の苦痛天気そして僅かでも残る下半身回復の可能性子供達の楽しむ姿…
これらを総合して1人で一晩色々考えて
次の日子供達にも状況を説明してまだ旅行を続けたいと言う気持も聞けたので
誰かに付き添ってもらい私は帰ることを決意しました

帰るからには できる限りの治療をして貰いリハビリに励んでもう一度下半身を動かせるようにしてリベンジすること!
息子達にもまた来ようと何度も約束しました

付き添いは本来妻がよかった訳ですがまだ次男が1人では寝れないため父に来て貰うことになりました

★   ★   ★
悪あがきです少しでも前向きな発想を求めて

今回の旅行にかける思いが強すぎてこの旅行が終わった後気が緩むことが少し気になってました
次の目標立てればいいだけなんですが

ただ治療の本番はこれからで放射線治療で脊椎のダメージを軽減して少しでも早く転移した奴らを化学療法で早急に撲滅すること!

ちょっと浮かれてたから
新たな試練が課せられたんだと

しっかり治してから楽しめよと
自分に言いきかせて
病院に向かうことにしました
旅行の力で免疫力あげたかった…

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