暗闇に必要なのは新しい名称と新しいイメージだ
それは私が
このきて
しばらく経った頃のこと、
山道で車を運転することに
多少慣れてはきたものの
それでも街灯も車線もない
曲がりくねったでこぼこ道には
相当手を焼いていた時期の話です。
北国の秋の夜、野山に
うっすらと霧がかかる中、
その日の私は家を目指して
ひとり車を走らせておりました。
時刻は夜の10時近く。
高低差のある急カーブを
いくつか曲がった後の直線路、
道の両脇には
大きな木立がありました。
道の上にかぶさるように
枝を伸ばしている木々の葉は
すでに落ち始めておりまして
月明かりの中
霧を透かして見るその姿は
もうちょっとしたモダンホラー。
そんな枯れ枝のアーチに
車が入った瞬間、私の視神経が
脳に奇妙な信号を送りました。
ほら、運転に集中していると
運転に必要な情報だけが脳に回され
それほど重要でないデータは
無意識のうちに消去されるような
感じになるじゃありませんか。
私の視神経はそこまで必死に
進行方向の有様ですとか
路面の状況ですとかを
せっせせっせと脳に伝え続けていたのが
そこで突然それらの情報に付記して
「なんか今、変なものが見えた」と
緊急速報をあげてきたのでございます。
車が木立の間を抜けたあたりで
その『変なもの』の詳細情報が
ゆるゆると脳に届いたのですが
・・・その『変なもの』は視界の上部、
木々の枝の上のほうにあって
・・・真っ暗な夜空を背景に
白く浮かび上がっていて
・・・こう、枝から長い裾をだらりと
風に吹かせて下ろしている感じで。
そんな諸々の情報を処理し
わが脳が下した結論:
夜の10時、人気のない山奥の木の
相当高い位置の枝に
ウエディングドレスを着た女の人が
座り込んで道路を見下ろして笑っている。
・・・怖い怖い怖い!
そりゃ何かを見間違えた可能性は
非常に高いわけですが
しかしこんな道幅の狭い道で
車をUターンさせ実際の状況を
確かめる義理はどこにもなく
だいたいこんな秋の夜更けに
いったい何をどう見間違えたら
ウエディングドレスになるというの?
わかった、微笑む女の人は
わが幻覚ということでいい、
でもあのウエディングドレスは
絶対に幻覚なんかではなかった!
あの白さ、あの透かし模様というか
刺繍というか、とにかく物凄く
丁寧に仕上げられた美しさを持つ
白く輝く光沢のある長い裳裾、
あれは絶対に花嫁衣装で間違いない!
山奥の木の枝に
ウエディングドレスを飾って
喜ぶ人間の目的とは何か。
あの枝に本当に花嫁が座っていても嫌だし
あれが幽霊でも嫌だし
ウエディングドレス単体でももっと嫌です!
私だって21世紀を生きる現代人、
おばけなんていないさ
おばけなんてうそさ、でも
君子は危うきに近寄らずなの!
私はそのまま正面だけを見詰め
無言のまま家に帰り
留守を守ってくれていた夫(英国人)に挨拶、
しかしそこでこの日の恐怖体験を
夫に語らなかったあたり、私がどれだけ
本気であの梢の花嫁に怯えていたか
皆様おわかりいただけますでしょうか。
いや、幽霊なんていませんよ?
私は迷信なんかも信じないほうですよ?
でも物言えば唇寒しって言うでしょ!
(Norizoさん、それは意味が違います)
以来夜道の運転は避けていた私でしたが
ある日仕事から帰ってきた夫が
「妻ちゃん、あの曲がり道が続いた後に
道が真っ直ぐになる場所があるでしょう。
両脇から木が道におおいかぶさっている。
あそこで君、夜に
変なものを見たことはありませんか」
「・・・君は何か見たのか」
「最初は見間違いかと思ったんですけど
道の真上の木の枝のところに何か
白くて長いものがぶら下がっているでしょう。
それも必ず夜だけ。昼は何もないんですよね」
「そうなんだ!昼は何もないんだ!
でも夜は、あれ、相当大きな白い何かだよな!」
「僕は最初ビニール袋かと思ったんですが
そういうものよりは重さがある感じなんですよね」
「そうなんだ、でも考えたんだが、あの枝、
実はそれほど太くないだろう?だから
あんまり重量のあるものではないはずだよな」
「今日もあそこを走ったら
その白いものが見えたんで
僕は車を停めてよく見てみたんですよ」
「・・・君は勇気があるなあ!で、何だった?」
「あれはね、2羽の白孔雀でしたよ!
雄と雌のつがいが仲良く
枝の上で寄り添っていたんです。
ぶら下がっていたのは雄の尾羽でした!」
・・・また山奥に何故そんな美しい生き物が・・・!
ともあれ皆様も夜道を運転中の
突然の白孔雀の出現にはお気を付けください。
本当に幻想的過ぎて
この世のものとは思えませんから。
・に引き続き
今日も孔雀話で失礼いたしました。
その後その白孔雀は
その近所の農場の
ペットであることが判明しました
あの木の枝が寝床なんですって
いやしかしあの時は本当に
彼らが花嫁に見えたんです
夜、暗闇の高所に一人きりの花嫁
・・・これは怖いですよ
夏は怪談話ですよね、というあなたも
そういうのは苦手です、なあなたも
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